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もちろん認められたい、愛されたい

人が幸せだと思える時はどういうときか、僕は、社会に認められ、家族や恋人に愛されていると感じるときだろうと思う。

社会に認められたい、人に愛されたいというのは、衣食住という物質的欲求に対し、人が持つ基本的な精神的欲求だと思う。僕自身ブログを始めたのも、自分が人に何らかの形で認識、認知されたいという欲求からだ。ブロガーもそうだと思う。社会とつながり、そのつながった社会から認められたいのだ。


会社では、仕事の成果が上がれば、すごいね、良くやったとほめられる。日本の会社で 15年働いた僕には、人前でそんなにほめられるなんて、穴があったら入りたい、と思うような表現でほめられる。つい僕は、ココまでできたけど、ここがまだ不十分だ、未完成だと報告しているにもかかわらずだ。この点は幸せだ。

欲が出てくる、面白い奴なんだよ、とアピールしたくもなってくる。これは難しい、僕は面白い奴かもしれない、でもそれは、「大助花子」の大助師匠の芸風に似ているから、という意味でだ。(苦笑

愛されたい、満足している。いまはちょっと寂しいけど。


ここまで、明らかなのに幸せを感じることは難しい、「認める」も、「愛する」も、自分ではなく他人の行為だからだ。自分ではどうしようもないのだ。

でも自分でできることがある、自分が他人を認め、他人を愛するのだ。これは人を待つ必要はなく、自分から今すぐにでも始められる。会社で、上司や、同僚、部下の仕事を素直に、すごいねとほめる。当然、家庭や、自分の所属するコミュニティーでもだ。愛されたいなら愛さないとだめだ。

人を、物事を、けなし、悪口を言って、その人より優位に立ちたいという欲求も理解している。それも、認められたいという欲求の別の形だ。「あのレストランおいしいね」「私はまずいと思う」うーん舌が肥えていらっしゃる。かな。

私はこんなに不幸だ、これもそうだろう。でも慰めることは、他人にとって、ほめることより難しい。やめたほうがいい。

憲法は、人は健康で文化的生活を送る権利を保障してくれているが、国民全てが社会に認められ、人に愛される権利も保障してほしいものだ。(蛇足)
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