もう時効だろうから書いてもいいかなと思い。
実は、海外移住というアイデアを始めに思いついたのは、ウチの奥さんだった。のだ。
バブルもはじけ、ひどい暮らしではないけど、あまり楽でもなくなり、仕事が厳しさを増していた頃。これでも何とか我慢するしかないんだろうな。と思っていた。
そんな折、ウチの奥さんの友達夫婦が海外移住に向けて準備していると。「なにやら楽しげでいいねぇ。僕にはあんまり関係ないけど」。。などと世間話半分で聞いていたが、結構よく話題にのぼるようになり。奥さんも具体的に条件を調べ始めたりしはじめた。ま、別段することも無く、面白半分に僕も話に乗っていた。。。気が付いたら洗脳されていた。
でも、もちろん仕事もあるし。条件が厳しくなってるとはいえ、転職するより、はるかにましな条件で働き続けられるのだし、と腰は重かった。その頃には、たまにウチで夕食食べたり、給付金制度で英会話学校行けたり、これもええやん。と
けどそのうち、残業規制、ベースアップ 5000円(ん1000円やったかな?)とか、ボーナスが下がったり。会社が仕事を取ってこれないだけなのに、まるで人の働きが悪くなっているような査定理由で給与が下がっていくのにプライドも傷ついた。原因不明の病気(ストレスが原因との説もあり)で会社で倒れた挙句。後遺症で、片耳悪くなったりと精神的も限界に近づいていた。年齢的にも徹夜とか、しんどなってきてたし。
そんなとき、人員整理が必要になった会社が早期退職制度の対象年齢が下げ。。。早期退職の応募資格を得てしまったのだ。渡りに船。
休養もかねて、親戚には海外移住準備という名目で応募、退社することにした。これから1年くらい、海外で働く為に英語の勉強します。と
もちろん、そんなあほな事をしでかす 30後半の男を、世間はどうみるだろうか。いや自分で言うのもなんだけど、アホ、甘えるな、なに夢みたいなことゆうてんねん、奥さんどうすんねん。てなこと、、、誰も口に出して言わんのが驚きやった(笑)。みんな、がんばれよー、遊びに行くよー!と応援してくれた。
気をよくして悠々の凱旋。が、やはり帰省した大阪では、、そう甘くは。。。妻の実家でも、義母に事情を説明する僕は幽体離脱して天井から、なんかうそ臭いことを言ってる自分を見下ろしていた。義母「はぁー、そぉー、がんばりなー」僕「はい、がんばります」義母「。。。。」僕「。。。。」、、ウチの奥さん(以下嫁)「だーいじょうぶやって、なんとかなるって」、僕「。。。。」義母「。。。。」
場所は変わって、実家にて。
父「で、(嫁)さん、ええんか?こんなこと言うとるけど」
弟「ほんまや、ええかっこして、夢みたいなことゆうて、義姉さんかわいそうやろ」
母「ほんまに、もぉ、、あんたわ」
僕(いやぁ、これはもともと、嫁の思いつ、、)
嫁「いいんです、お父さん!彼の夢ですから!どこまでもついていきます」
僕(え?あれ?いやちょっと、あの)
父「えらい!ええ嫁や!」
弟「ねえちゃん、ありがとう」
母、号泣
父、母、弟、嫁でがーっと盛り上がる。
幽体離脱してる僕。。。。
帰りの電車の中でウチの奥さん
「いやぁ、、なかなか、ええ家族会議やったね」
僕、まだ電車の天井から自分を見てる。。
- http://eeyann.blog36.fc2.com/tb.php/237-fbcdfe8c
0件のトラックバック
やまさんの話じゃないけど、うちの会社もひどいもんですわ・・
相次ぐ他社との合併を繰り返し
切れない重役(使えない重役)ばっかり抱え込んで、
頭でっかちな会社になっとります。
おまけに、その分
自分ら「兵隊」の給料は少なくなり、
その割には人が増えたはずなのに、抱える仕事は増えてる・・・
正直、逃げたいよぅ・・・・
・・・・って愚痴になってしまいましたが・・話を戻して・・・
奥さんカッコイイですね!!
そんなん見せられたら、惚れ直しちゃいますよね?・・・
あれ!?・・違う?